仕事で電車に乗ったら、いつもはがらがらなのに席は埋まってた。「○○駅で信号機事故があり・・・」とのアナウンス。やっぱりな(´へ`)。できれば座っていきたかったけど、譲ってくれそうな人・・・なんているわけないか。目の前の席、7人がけなのにおっさんが幅とって座ってる。目の前に座っていたカップルもしゃべっていて見てみないふり。でもしょうがない。世の中こんなもんだ。今日は立って行こう。そう思って持っていた本を見始めた。
1駅目で少し離れたところの席が空いた。すぐさま前に立っていたおばあさんが座った。そして再び本に目を向け、次の駅に到着したときふと顔をあげると、先ほど座ったおばあさんが私に目配せして手招きしている。「(なんだろう)?」。近寄って見ると「やっと気づいてもらえたわ〜。さっきからずっとよんでたのよ。さあ、座って」。相手はお年寄りだ。素直に座れるわけがない。断ると「私も経験者だから、よくわかるのよ。つらいでしょ、さあ座って」
涙が出そうだった。こんなやりとりを聞いていながら、7人がけに6人しか座っていないおっさんおばさんはしらんぷり。「つめれば一緒に座れますよ」。そう促しても、座っている人々は寝たふり聞こえないふり・・・。
なんて冷たいんだ。冷たい分、おばあさんの暖かさが身にしみる。本当に泣きそうになってしまった。そんな私を察してか、おばあさんは「いい子を産むのよ」。そう言って後方にすたすた歩いていってしまった。
私は正直、こんなにも冷たいやつらと同じシートに座るのが嫌でたまらなかった。怒りで頭が煮えたぎっていた。でも、「普通」は譲るんではなくて、「譲らないのが普通」なんだ。おばあさんがしてくれたことが「特別」なんだ。これが今の世の中なんだ。何が郵政民営化だ!?何が政治改革だ!?そんなこと誰が望んでるの?高い税金払って、年金払って、おばあさんに席を譲らせるような、そんな国作ってるんじゃないよっ!て政治家たちにも声高に訴えたい。そんな気持ちでいっぱいだった。
遠くの最後部を見ると、おばあさんは一番後ろで壁によりかかって立っていた・・・。
ありがとう、おばあさん。私、タケえもんも産まれてくる赤ちゃんも、自分より弱い立場の人に席も譲れないような、そんな子には育てません。世の中を変えるような大物にならなくてもいい。けれど、あなたのような強くて優しい人に育てます。本当にありがとう。今日のことは絶対に忘れません。









